東大観世の日々

能楽サークルって何をやっているのでしょう

ご無沙汰しております

こんばんは。
前回の更新から早1ヶ月。皆さまいかがお過ごしでしたでしょうか。
3年の紅蘭です。

2ヶ月前の夏合宿で「この夏はブログデビューをする!」という無責任な宣言をしてから、8月が過ぎ、9月が過ぎ、あと2回寝たら10月になってしまいます。
大学生と言えど、いい加減夏の課題は終わらせねばいけません。
…はい、もっと早く更新するべきでした。すみません。

というわけで、この2ヶ月の東大観世会の活動を、とってもざっくりご報告したいと思います。

*8月の出来事
○夏合宿
8月11日~13日、駒場キャンパスの和館で夏合宿を行いました。
11日は朝から師匠稽古→仕舞大会となかなかのハードスケジュール。
仕舞大会とは、会員各々がこれまで自分がお稽古してきた仕舞をひたすら舞いまくる、観世会夏合宿恒例のイベントです。今年は参加した上級生の人数が若干少なめで、地謡は常にフル出動状態でした。でも昔は今より番組数も多く、舞囃子なんかもやっていたとか。OBの方はすごいです。。
夜は、T山さんによる素晴らしい八割講座がありました。1年生はここで拍子について学ぶのですが、「合わない~」とみんなで頭を突き合わせて相談している姿は、なんとも微笑ましいものです^^私も何度トリの間に泣かされたことか…!翌日の朝には確認テストのおまけつきでしたが、みんなちゃーんと合格できました。よかったよかった。

12日は終日お稽古。秋の会の番組を中心に、それぞれ型を覚えたり謡と合わせたりしました。夜はお囃子講座を行い、囃子を習っている面々が自分の楽器を紹介しました。
お風呂に行った後は、映画「エクソシスト」を鑑賞。今年の学生能「巻絹」にちなんで、憑依物の映画を見ようということになったのです。部屋を真っ暗にして雰囲気はたっぷり。ですが、みんなでちょいちょい突っ込みながらみていたせいか、それほど怖くはありませんでした。というか結末がよくわからなかったです、はい。
3時前には布団に入り、翌日の朝10時ごろ解散しました。

そうそう合宿と言えば、観世Tシャツの紹介を忘れていました。
今年の観世Tシャツは1年生がデザインを考えてくれました!
柄は…般若!!色は…赤!!!
言うも疎かなり、目立ちます。はい、とても目立ちます。
でもこのTシャツを着た面々がぞろぞろ道を歩いているのを見るのはちょっと面白いです。
もし皆さまが背中に般若の赤Tシャツを着た人に出会ったら、ぜひ気軽に話しかけてみてくださいね☆

○扇風機が来た!
なんだか「ちびまるこちゃん」のタイトルにでもありそうな題ですね。
私たちが普段お稽古をしている柏蔭舎は、どういうわけかクーラーの効きが悪く、毎年頭を悩ませております。
窓を開けようにも、水辺の近い茂みに覆われた柏蔭舎の周りは蚊の宝庫。窓に網戸がないためすぐに餌食になってしまいます。
しかし、ここでもT山さんがやってくれました!
なんと渋谷の大手家電量販店にて、880円の扇風機をゲットしてきてくれたのです。
これによって、柏蔭舎には涼風がもたらされました。
夏である以上、そしてクーラーが効かない以上、根本的な解決にはなっていないかもしれませんが、ひとまず稽古環境は大幅に改善されたといってよいでしょう。これで夏のお稽古も大丈夫…なはずです。
そういえば、扇風機の首振りに合わせて自分も移動しながら謡を覚えている背の高い少年がおりました。彼はきっと来夏も出没するに違いない。あっ、ちゃんと「あ゛~」もやりましたからご安心ください。

そんなこんなで8月終了。観世会の熱い夏第一部終了。
やはり一気に書くと疲れます。夏休みの最終日に、宿題の一言日記をまとめて20日分くらい書いたのを思い出します。(ネタがなくて「プールに行った」と「公園に行った」を多用していました。)
なんにせよ言いたかったのは、ブログの更新は滞っていたけど、みんな元気に活動してましたよ!!ということです。

これ以上長くなると書く方も読む方も大変ですので(汗)9月の分はまた別の機会にさせていただきます。
だれかー書いておくれー!と一応呼びかけておきます。心の優しい会員の皆さまはぜひ続きをお願いします。

明日は午前中に「巻絹」のお稽古、午後は定例稽古です。
そろそろ寝ないと明日起きられませんので、それではこの辺で。

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名所紀行(日本平・三保の松原)

こんにちは。一年生の五味と申します。
更新が滞りがちなブログを一年が何とかしろと、メールが届きました。
秀逸なメールだと思ったので引用します。

「(略)(ブログは)意外と重要な広報的役割を担っています。しかし上級生は無関心を装い、専ら下級生が運営していますがぼんやり怠っているのが現状です。
観世会の顔たるブログがこのような有様では世間から東大観世会の衰退を危惧され、時々チェックしているOBからはがっかりされ、更新停滞によりスポンサー広告にブログが占拠されるという実に由々しき事態・・・を打破するために1年生の皆様にブログを委ねたいと思います。(略)」

これは今年の東京スポーツ2月33日号にスクープされ、本の雑誌7月号にて坪内祐三に絶賛されている鶴竜の手紙並みの名文ではないでしょうか。(その手紙は(孫引きですが)、「相撲は今、開闢以来、最大と言ってもいい危機に瀕しています。かくなっては私も一相撲人として最早、座して見ていることはできません」「調査に当たっている外部調査委は“徹底解明”の錦の御旗を盾に事態を長期化させんとし、理事会もこれに静観の構えです」といった調子です。)

僕はこのメールに心を動かされ、また生来の真面目さと責任感の強さも手伝ってもはやこの要請を無視することはできなくなりました。

そこで記念すべきわが第一回のブログを執筆することにし、図ったようなタイミングで訪れた三保の松原をレポートすることを決めました。

わがふるさと静岡県静岡市と2003年に合併した旧清水市、現静岡市清水区に、三保の松原はあります。
僕は同行した(というか運転してもらった)母親の都合もあり、景勝地日本平を経由して三保の松原に向かうことにしました。

日本平は、ヤマトタケルノミコトがその眺望をたたえてその名がついたと言われている、県下有数の観光地でありますが、近年は観光客が減少しているようです。かつては小学校の遠足の目的地であり、有料道路の日本平パークウェイができてからはかなり賑わっていたようです(日本平パークウェイは現在無料で開放されています)。僕が訪れたときは、平日だったこともあってか、大型バスが数台泊まってはいたものの人影はまばらでした。
もっとも、日本平の山頂と久能山東照宮はロープウェイで結ばれているので、観光客はみな丁度東照宮にいっていたのかもしれません。余談ですが久能山東照宮にはこのロープウェイで行くのも良いですが、海側から長い石段を登っていくのも風情があります。
さて、日本平の展望台からは眼下に駿河湾と清水の市街を一望し、遠くに富士山を望むことができます。手前の緑と相まってなかなかの景色です。

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日本平から富士山を望む

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日本平の電波塔

それだけではなく、日本平は静岡県内の放送にとっても重要な場所です。写真は、展望台のすぐ脇にある鉄塔群です。これらの鉄塔から、テレビやラジオの電波が送信されているのです。赤と白のものは、アナログ放送用のもの。グレーの大きな鉄塔はデジタル放送用です。赤白は東京タワー、グレーはスカイツリーの役割、というとわかりやすいでしょうか。アナログ放送の時は各局ごとに建てられていたタワーが、デジタル放送では共同のものになりました。アナログ停波を受けて、赤白のタワーは順次撤去される予定です。

山を下り、お目当ての三保の松原に向かいました。
三保の松原は、清水港を抱くようにしてある突端の外側に、駿河湾に面してあります。言うまでもなく能「羽衣」の題材となった羽衣伝説の地です。能では「みお」の松原と発音しますが、実際には「みほ」の松原です。
松原の中に一本、際だって美しい形をしたのが、その昔天女が羽衣を掛けたとされる松です。しかし残念ながらこの松は枯れかけており、「羽衣の松」は代替わりをしています。そういう問題なのでしょうか。何となく釈然としない思いです。残念なことに新「羽衣の松」は樹形もおとり、今ひとつの風情です。

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枯れかけた旧「羽衣の松」(海側から)

さて砂浜に出ると、先日の大雨のせいでしょうか、大量の流木が目につきます。それでも遙かに富士山を望む景観の美しさは薄れてはいません。富士山の右には愛鷹山、右手には紺色の駿河湾が広がっています。その波頭の白色が際立って、とてもきれいに見えました。

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三保の松原から富士山を望む

あまり知られていませんが(そして僕も知りませんでしたが)、三保の松原にはエレーヌの碑という石碑があります。フランス人の踊り子エレーヌは、羽衣伝説にあこがれ、それを題材とした舞踊を作って踊っていたのが、ついに三保には訪れることなく死に、その髪がこの地に埋められたのだそうです。つぶれた土産物屋の左手に、石碑はさびしく建っていました。
また、少し離れたところには御穂神社があり、羽衣の切れ端が保存されています。(もっとも、おそらく偽物でしょうが……。)非公開ですが、子細があって以前母親が見たときには、柄がきれいに残っていたそうです。
三保の松原では毎年、薪能が催されます。今年は10月8日に行われるそうです。もちろん演目には「羽衣」が入っています。まだチケットはある様子。今年は観世流ではありませんが、興味のある方は行ってみたらいかがでしょうか。詳細は、静岡市ホームページをご参照ください。

というわけで、期せずして地元自慢をしてしまいました。僕は特に静岡に愛着はないつもりですが、やはり離れてみるとすこしは恋しくなるようです。
冬になると空気も澄み、富士山も雪をかぶっていっそう神々しく見えます。冬に訪れてみても良いかもしれません。

(五)

追伸・見てみたらすごく長文ですね。すいません。

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須磨紀行!

須磨に行く時だけちゃっかり参加して、須磨浦公園駅で四人を待つ間、灘のお酒に思いをはせつつクラゲのガチャガチャをしていた草刈男2号です。
遅くなりましたが、神戸企画須磨編です。


その日の須磨は台風が過ぎて、くもり気味の晴れでした。
まず、須磨浦公園駅から国道沿いに少し歩くと、敦盛塚(胴塚)が。敦盛塚
この敦盛塚五輪塔は、石清水八幡宮五輪塔に次いで日本で二番目の大きさだとか。
シテワキで、掌を合はせて南無阿弥陀佛。若我成佛十方世界…

敦盛は戦で亡くなってしまったとはいえ、腹が減っては戦が出来ぬという事で(?)塚のすぐ隣のお蕎麦屋さん「敦盛そば」で昼食。看板メニューの敦盛そば&敦盛ご飯は、かけそば(+蕎麦湯・蕎麦餅)と七色の古代米でおいしかったです。店内には敦盛関連の資料の展示コーナーがあり、ゆっくり見ると面白いと思います。

店を出て須磨寺に向かう途中、人通りも少ないしただ歩くだけでは…ということで謡いながら歩き始めましたが、地謡に差し掛かると声が減り…?…ごめんなさい。
行く道々にも、玄象ゆかりの村上帝社や、光源氏が住んでいたとされ須磨源氏に関わる現光寺などがありました。重衡囚われの塚は駅の横にちょこんと。

そして、商店街を抜けると、いよいよ源平ゆかりの寺ー須磨寺
須磨寺
源平の庭には敦盛と熊谷次郎直実の像がどどーんと対峙しています。
像
この前でエア一騎打ち記念写真を撮っていたとかいないとか。

敦盛の使った(と言われている)青葉の笛や鎧や蓮生作の敦盛像を展示している宝物館や、敦盛の首塚、敦盛の首洗いの池、しっかりとした本堂など由緒正しきお寺らしさがある一方、
小石人形が源平合戦や高砂などの情景を見せるからくりがあったり、目玉と首が回るカエルの像「(お金が)ぶじかえる」があったりします。五猿はといえば、見ざる・聞かざる・言わざる・怒らざる・見てござる…?矛盾が見えますが、この猿たちは撫でると動きます。このお寺の物は触ると基本的に動くか音が鳴ります。

一通り境内を見て回った後は、敦盛成功祈願の絵馬を書きました。無事に成功しますように、成功させられますように!
絵馬の写真があれば良かったのですが、見当たらないので代わりに「青葉の笛(小学唱歌)を奏する敦盛卿」
えんそー

HPによると「おもろい寺」を目指していたらしい須磨寺を後にして「須磨の浦」に向かい、
須磨の浦1
海岸で靴を脱いで暫し波に戯れていました。


さて、須磨を満喫した後は明石で明石焼を食べました。たこ焼きとは似て非なるものでおいしかったです。明石では明石焼を玉子焼というようですが、黄色いくるくる巻いた卵焼きはどう呼ぶのでしょうか?そんな疑問を胸に私は帰りましたが、その後の事は前の記事にあります。


ところで、謡曲に関連した史跡には謡曲史跡保存会の駒札が立っています。須磨では敦盛塚・村上帝社・現光寺などにあるのですが、1日に3回見るともう保存会と顔見知りの気分になってしまい、この後京都の新熊野神社で見た時にはなぜかうれしいくらいでした。「また会いましたね」とか言えるくらい、謡蹟をめぐってみたいものです。

無事に須磨を知り満喫してきました。神戸企画ありがとうございます!後は自演会!がんばります!
そして、これで秋合宿の記事が冬に書かれる事はなくなりました!
読んでくださった方、貴重な時間をありがとうございます。

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お久しぶりです

お久しぶりです。
更新が滞ってしまい、申し訳ありませんでした。

前回の更新からこれまでの間、とても哀しい事がありました。
東京大学観世会HPの方でもご報告させていただきましたが、
これまで東京大学観世会をご指導して頂いておりました関根祥人先生が
6月22日、お亡くなりになりました。

それから早くも2ヶ月近くが経とうとするのですが、
今でも信じられない気持ちです。

私事ですが、実は私、東大観世会に入るまでお能を観たことがありませんでした。
初めて観たのが、先輩に連れて行ってもらった、2008年4月25日の閑能会。
番組は祥人先生の「忠度」。
何も知らなかったのに、何かに魅せられてしまって、今の私がいます。
舞台での、お稽古での、先生の存在はとても大きなものでした。
これから先何十年も、祥人先生の舞台を拝見し、先生にお稽古を付けていただこうと思っていたのに…

泣いてばかりで落ち込んだりした時期も続いたのですが、
ある方のブログを拝見して、とある詩を知りました。
以下は、長田弘さんの詩集『詩ふたつ』に収録されている、
「花を持って、会いにゆく」という詩の一節です。

  死ではなく、その人が
  じぶんのなかにのこしていった
  たしかな記憶を、わたしは信じる。

祥人先生は、わたしたちのなかに「記憶」をたくさんのこしていってくださったと思います。
今のわたしたちができること、すべきことは、
祥人先生ののこしてくださったことを信じてお稽古を続けることだと
私は思います。

現在、秋のOB会に向けて、祥六先生にお稽古を付けていただいております。
また、祥六先生のご指導を受けて、本年も自演会でお能を出す予定です。
(12月18日(土)喜多六平太記念能楽堂にて 能「敦盛」を予定しております。)

祥六先生をはじめ、東大観世会をご指導してくださる諸先生方
ご支援くださる東大観世OB会の皆様方
その他多くの方に感謝しつつ、これからもお稽古を頑張っていきます。
今後もよろしくお願いいたします。

最後になりましたが、祥人先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

高津

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五大学交流会を終えて

「千手観音が千本の矢を放つ」のはちょっと無理な話だ
というのは有名な屁理屈だが、


千手観音と阿修羅は違うんだって?
 大きな学習をした五交会でした

突然ですけど、
阿修羅が盆踊りをしたら、華麗だろうね。



というのも、
我家の近所の電柱に貼り紙があって。
  「『千の風になって』 盆踊り大会開催」


…私は大変な土地に引越して来たのかも知れない。

千手観音が千重の矢を放つと同時に
千の風が巻き起こり、観音は感極まって盆踊りを踊る。
ありがたし ありがたしや。

あべ

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