東大観世の日々

能楽サークルって何をやっているのでしょう

お能と記号

なにせ地獄の一週間なので私も駒場の地下で『御堂関白記』を白文で読んで暮してました。それにしても先週は本当に疲れていたらしく書き込みが暗くて自分でびっくりした

聖跡桜ケ丘の花火を見に行こうね と企んでいます …マイナーそう↓

合宿初日のため何調べようかと考えています もえはさんが言ってた駒場祭云々を考えると、最終的には一般人の興味をひく内容がいいのかな と思って、お能の記号性とかを紹介したらばわりと記号論ファンの人とか来てくれたり(^J^)
というか私自身が「お能=記号」だと勘違いしていたので自分では反省しています。世阿弥さん観阿弥さん ごめんなさい。ロランバルトは卒業しなきゃ(._.)

あべ

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ハリーポッターと不死鳥の騎士団

  こんにちは。最近あつい日が続きます。今日は、隅田川の花火大会が開かれるようです。カップル  
が浴衣姿でそこらじゅう闊歩する忌まわしい行事です。まあ日々能の練習に精をだす観世会員には関係のない行事 のはず。僕も一緒に行ってくれる人がいないので例のごとく駒場の図書館で夜まで勉強。
テストもようやく終結へとむかっていますが、最後の砦にして最難関の情報が残っています。情報は僕
の天敵です。しかしそのような切迫した状況にたたされると息抜きをしたくなるのが僕の悪い癖です。
昨日は息抜きという都合のいい理由をつけて、ハリーポッターを見に行きました。とてっも面白かった。夜も眠れないほどです。でもハリーの新任教師が大鬼で、なかなか単位をくれないとハリーは苦悶していました。どこの学生も悩みは同じですね。

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地獄の一週間

今週はテスト週間である上にバイトがいつもの3倍くらい入っているので目が真赤になりとても不愉快です。今日はバイト先の予備校から添削すべき小論文数十枚を笑顔で預かってきました。下宿のおばさんに訊いたら一日は24時間しかないそうです。知ってたら受け取らなかったのに。

阿部々

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「何かをやり遂げる」ということの意義について

五校会が終わって、最近はいよいよ、自演会の能に向けた稽古に本腰を入れています。
技術的あるいは精神的な問題についていろいろと考えることも多いのですが、今日は何か一つのことをやり遂げることの意義について(観世会に関していえば、能をやり遂げることの意義について)、浅はかではありますが自分なりの考えを述べたいと思います。

恐縮ながら自分の話をさせていただきます。僕は中途入部で観世会では3年目ですが、今年で入学5年目にあたります。去年まで4年間空手道部でも活動してきて、去年は主将という立場で自分なりに精一杯、空手の稽古に励んできました。
しかし、いくらやってもやっても上手くいかず、自分の未熟さや至らなさに腹が立つこともありました。
「自分は何のためにこんな苦しいことをやっているのだろうか?果たしてこのままで、4年間が終わったときに本当に良かったと思えるのだろうか?」という疑問を持ちながら過ごしてきたある日、一人の先輩からの言葉でその疑問の答えが見えた気がしました。

「何かをやり遂げた人間は、主に2つの物を得られる。一つは達成感、もう一つが後悔。この2つがその人間を大きく成長させるし、真剣に取り組めば取り組むほど、むしろ後悔の感情の方が大きくなるかもしれない。」
例えば高校野球にしても、テレビでは優勝校の歓喜に満ちた様子しかクローズアップされないけれども、それはごく一部で、その裏には甲子園にすら辿り着けなかった何千もの高校の悔し涙があるはず。
彼らには、今まで野球をやり遂げたという達成感も勿論あるはずだろうけど、野球に一生懸命に打ち込めば打ち込むほど、負けたことへの悔しさや、何故あの時もっと努力しなかったんだろうという後悔が多く沸きあがってくるものだと思う。
でもそれが、ずっと後になって振り返ってみれば、その人の大きな肥やしになるのだろう。

能のシテという、学生には到底無理な大役を経験させて頂く意義も同じ部分があるなのかなと最近考えている。
当然だけれどもこれからいくら努力したところで、自演会までに名人のレベル、完璧の域に達することなどできない。真剣に稽古に励めば励むほど自分の未熟さに愕然とし、悩みながらあっという間に本番が終わってしまうものだろう。


舞台が終わったときに達成感はもちろん後悔の気持ちも得られるように、とにかく残り4ヶ月余り精一杯がんばっていきたいなと思います。

かわた

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五校会が終わりました。

今僕は、駒場の図書館にいます。今回が、初のブログです。でもここに至るには、数々の苦労が、ありました。まずyahooのホームページから観世会のブリーフケースにいきました。しかしそこにはブログのコーナーは、ありません。えって感じです。次に観世かいのホームページにいきます。なんとそこには、五校会の写真がアップされていました。思わず目を覆いたくなりました。みんな着物姿が初々しいですね。ここでやっとブログを発見!まず目に飛び込んできたのは、いきょうち 氏の文章。文体が、独特いや、病んでるなあと思いつつ
読み進めていくと筑波大付属駒場高校の文字が…そのときやっと彼であることがわかりました。毎晩ミステリー小説を書き耽るという彼です。僕はすぐ彼にメールしてブログの書き方をおそわりました。

ああ五校会のこと書かねば。緊張しましたね。もうビクビクです。足踏むタイミング間違えたし袴直しもわすれてました。愚かですね、自演会ではどうなることやら…さて明日は、師匠稽古です。ただ僕の心中ではテストへの恐怖が頭をもたげてきています。忍び寄る恐怖…ただYOSITO先生に怒られるのもやはり怖い。両者を天秤にかけたときどちらが重要かをきめるのはもはや解決不可能の命題です。『おい、お前 能と勉強どっちが大切なんだ』と怒鳴られる妄想が僕の頭をよぎります。         助けてください …         

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五校会感想(やや悪ノリ)

小生、生まれて始めてかつ最後のブログである。ブログなどという語源も不明な得体の知れない物はもう懲り懲りであるし、ここで巫山戯た文章を書いておけば先輩達が「あいつがもうブログを書けないようにパスワードを変えようぜ」などと予防策を講じるだろうと推測されるからである。
日曜日は朝から変なことが起こった。駅で電車を待っていると知らない女の人が怪しい宗教関係者のような笑顔で「  君?」と声をかけてきたのだ。彼女は小生の小学校時代の同級生を自称していたが怪しいものだった。大学の話になったので小生が通っている大学名を云ったところ、知っていた。どうやら東大は知名度が高いらしい。高校時代は「筑波大学付属駒場高校です」「……茨城の学校ですか?」というのがいつものパタンだった。随分と小生も出世したものである。
自分の仕舞では、ヤジを飛ばされたり足拍子で床が抜けるといったデンジャラスなことは起こらなかった。残念。
一時間早く終わったので河田さんが一年生に自己紹介を強要した。小生にこのブログを書かせたりと、なかなか押しが強い人である。だが、そうでなくては会がまわらない。長谷川さんの暑苦しくない会長っぷりといい、なかなか三年生は適材適所である。
自己紹介で観世会に入った理由を訊かれたので、仕様がなく麻耶雄嵩というミステリ作家の書いた「あ」(漢字が表示されません)という小説の中で、メルカトル鮎という探偵が「銘探偵たるもの能がわかっていなくてはならない」と云っていたからだ、ということにした。小生、名探偵ならいざしらず、銘探偵になるつもりは毛頭ない。なので観世会に入る理由はない。……はて?
小生、能の方はさっぱりなので練習せねばなるまい。次は慶應の自演会である。その日は母の誕生日なのに一日放っておくことになるわけで、それはちと不味いかもしれぬ。流石にもう「かたたたきけん」で誤魔化されはしないだろう。懸案事項は山積である。

いきょうち

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五校会感想(極々個人的な)

日曜日の五校会(東大、一橋、早稲田、法政、本女)の舞台が杉並能楽堂でありました。非常ににぎやかな舞台で、新入生にとっては初めてのドキドキな舞台でした。

普段見れない、他校の人の演目を見るのはとっても面白い!

以下完全に自分語りですが、自分の演目(仕舞巻絹キリ、合同舞囃子の雲雀山の大鼓)について。

巻絹キリの方は、基本的な型だとか全体的な雰囲気は、割と(本番の割には)うまく意識できた気がしました。所々、型が稽古のときより余り気味になりましたが、逆に足りなくなってしまうよりは遥かに良かった。あと、クライマックスの「空に飛ぶ鳥の、翔り翔りて~」のところで踏む足拍子が、トランス状態の巫女さんという役柄のワリにはちょっと強すぎたかも知れないとか我ながら思ったり思わなかったり…。

雲雀山の大鼓の方は、何箇所かアレなミスをしてしまい、やや課題の残るものでした。
当初の課題だった、「とりあえず大きな声で(笑)シテを囃す雰囲気を作れるようにする」ということはそこそこ出来たかなあ…?小鼓を聴きつつ打つのは割と出来た、と思う。

全くの個人的感想でスミマセン!本当に楽しい舞台でした(含打ち上げ!)。
                             HASE

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