東大観世の日々

能楽サークルって何をやっているのでしょう

大仏

福島県福島市には阿武隈川という川が流れていて、大仏橋という橋がかかってますが、だいぶつばしではないですよ、おさらぎばし。小学校の文集のタイトルも「おさらぎ」でした。校歌の歌詞にもおさらぎって入っていた。

だから大仏次郎にちょっと親近感を覚えて、忠臣蔵の話を読んでるんですが、当時、元禄文化の華やかさが粋で、昔堅気の武士道は野暮みたいな風潮になっていたらしく、少なくとも大仏次郎は赤穂浪士の討入りを武士道退廃に対する問題提起という大きな枠組で捉えてます。

年金の手続きをしに区役所に行ったら、役所のおじさんが、歴史は円熟とともに頽廃が必ずやってきて、そうなると世の中や人生に対して本気な人ほど野暮でかっこ悪いものとされてしまうから、やわやわした日本文化には反発を感じる、と言っていました。日本特有の私小説の文化というものも、世の中を変えようとか、本気で向き合おうとかいう態度をとることから逃げている気がする、とのことでした。

私自身は武士道とか苦手なほうですが、大仏次郎を読んでてじんとくるものがあるし、平家物語とかも泣けますし、暫くはぐだぐだと考えてみようと思います。忠臣蔵と平家物語では、消えていくのが「武士道側」か「頽廃した側」かで違っているみたいなのも興味深いし、お能という、日本文化の代表みたいなものの中に平家物語が積極的に取り入れられているのも、「融和」とかいうと安易だけど、やっぱり興味深いとおもう。

敦盛は死んだとき17歳だったんですね。意外に若くてますますあわれが深いです。敦盛クセがんばります。

たくさん書いちゃった。あべ

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ataka

自演会が終わり、一週間が経ちました。もう何か今は気が抜けた感じで、午前の授業とか全然出られてない感じです。

いろいろ感想はあるのですが、あえて自分が大鼓を打った舞囃子「安宅」に絞って書いてみたいと思います。

この曲の最大の特徴は、やはり「鳴るは滝の水」の文句から始まる,シテ弁慶の力強い男舞のスタート部分(山伏掛り)にあると思います。男舞は、もともとテンポが激しくアップダウンするのが特徴です。中でも山伏掛りは、笛のゆっくりとした、しかし一気に飛び出そうとするような力が溜まった「オヒャー、オヒャーーリヤリ」の一鎖に大鼓と小鼓が乗り、その後の鎖で溜まったパワーが爆発し、飛び出していくようなイメージを持っています。

私事ですが、幸運にも自分はこの曲を、観世会の舞台で3回も(秋のOB会、駒場祭舞台、自演会)打たせてもらうことが出来ました。3回とも異なるシテ、地謡、囃子の方々と共演させてもらいました。どの回も、それぞれ違う感じというか、違う雰囲気のものになり、毎回打っていて、その違いを感じるのがとても楽しかった。

先に挙げた山伏掛りの箇所についても、他のメンバーがやろうとしていることを聞いて、自分はどのように打つべきなのかを考える作業が、とてもやりがいのあるものに感じたのを覚えています。

今後他の曲を打ったりするときにも、今回の経験を生かしたいと思います。共演してくれた皆さん、また何より舞台を観に来てくださった方々、本当に有難うございました。

                             Hasegawa

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心を静めて見れバ

しかし、何故かそこで私は勝手に一人で感動してしまい、心が静まらなかったです。

心を静めて見れバ。
所ハ生田なりけり。
時も昔の春乃。
梅の花さかりなり。
一枝手折りて箙に挿せば。
もとより雅びたる若武者に。
相あふ若木の花鬘。

恥ずかしいことに、自演会でここを謡う途中急に切ない気持になり、涙まで出てしまいました。と同時に地謡座の前の河田さんが景季ではなく敦盛のごとく思われました(笑)。頭の中が真っ白になり、~キリのところまで上手く進まず、一人で拍子がズレてしまうなど皆さんに迷惑をかけました。

でもある意味、今回の〈箙〉は私に、そこまで感動を与えたとも言えます。

今年は、忙しいフリして皆さんと長く練習できなかったこともあり、詞章を覚えることはさりながら、クセやロンギの位取りなど、できそうもなかったので、本番でどうすればイイのか直前まで迷いましたが、そこで出した結論は「例え間違っても失敗しても、小さく自信無さそうに謡うよりは、とにかく力の尽きるまで元気に謡おう」とのことでした。

結果的には、迷惑をかけた部分も多々あったと思われますが、場所的に、すぐ後ろに地頭の中島さんがいたこともあり、何度も危機(?)から救われ、「鶴翼飛行の秘術を盡すと見えつる中に」何とか無事古巣に帰ることができました。

自宴会には参加できず皆さんと話す機会を得られなかったことを理由に、またこのブログにて書かせて頂きました。(何度も失礼しました)

私が最後まで頑張れたのは祥人先生のご指導そして皆さんのお力あってのことです。
本当に有難うございました。

Noh

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自演会

  自演会が、終わりました。自分が、こうしたブログを書くのもおこがましいことですが、本当に感動しました。こんなに感動したのも久々です。箙が終わりかけたところで感じた名残惜しさは、なんとも筆舌に尽くしがたいものです。4月に観世会に入って以来、あれこれ悩みながらもお能の稽古を続けてきたわけですが、そうした日々が、一瞬のうちに過ぎていった感じです。これからは、だんだんと教える側、そしておごってあげる側になっていくわけですが、来年の自演会もいいものとなるように、日々精進したいものです。    
                                  さかもと りょういち      

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自演会を振り返って

早いもので自演会が終わってもう3日が経ちます何だかずっと前のことのように感じます。終わるとあっけないものですね

今回の自演会では、能『箙』のシテという大役を務めさせて頂きました。何とか無事に務め上げることができたのも、先生を始め、OBの方々や他大学の人、ご来場いただいた多くの方々、そして何よりも東大観世会員のみんなの支えがあったからこそです。


せっかくなので記憶が薄れないうちに、今回の能について簡単に振り返っていきたいと思います

前場…シテは動きはほとんど無く、謡が最大の見せ場となります。舞に関しては少ない分、運足の一つ一つや差し込み開き一つでも観客を惹きつけられるように、もう一度基本から返って練習してきました。また謡は、もともと得意ではなかったこともあり、細かく技巧を凝らすよりは、とにかく力強く謡うことを意識して練習してきました。
本番ですが、出番の直前に鏡の間にて先生より、「何も考えずにとにかく楽しんできなさい」と言われました。ありきたりの言葉かもしれませんが、そのお言葉のおかげで緊張がだいぶ解けたのを覚えています。
とにかく役になりきることだけを念じて、語りの場面でも本当にワキに語って聞かせるような気持ちで演じることができ、前場に関しては適度な緊張感をもって十分に舞台を楽しむことができたように思います。
後からビデオなどで振り返って見てみると音程が不安定になってしまったところもあるなど、未熟な点も多くありましたが、舞台後に多くの方から好評を頂いたことは素直にうれしかったです。

後場…申し合わせと同様、出番の直前まで着付けをしていましたが、それがかえって良かったように思います。幕の前に立ったのは、「おま~く」と言うほんの数秒前でした。
後場の最中は、ひたすら無我夢中になって舞ったのでほとんど何も覚えていません。
前場が終わった時点でも、装束で締め付けられるのと舞台が思ったよりも暑かったのとで、汗がびっしょりでしたが、後場が終わって橋掛かりから帰って行くときには更に汗をかき、体力も限界でした(見所に息の切れる声が聞こえないように必死に抑えながら帰っていきました…)。
しかしやがて幕の中に入って全てが終わり、面を取っていただいたときには、「もうこれで終わりなのか…」と何だか寂しい気がしました。ほんと、何事も終わってしまうと実にあっけないものですね。


今年は地謡陣や囃子方がとてもうまく盛り立ててくれ、また、ワキやアイも実に手堅く務め上げてくれて、これ以上ないと言っていいほど恵まれた中でシテを務めることができたというのは、とても幸運なことだと思います。
能のシテを務めた後の充実感・達成感、みんなで一つのものを作り上げた喜びというのは、何物にも代えがたいものです。また今回、能の裏側をほんの少しだけ垣間見て思ったこととして、能楽師というのは想像していた以上に大変なんだなぁということです。舞台の上で装束をつけて舞うこともものすごく大変であるということが分かりましたし、それ以上に、装束や面の取り扱いや管理にいかに気を使われているのか、また、装束の着付がいかに大変なもので、それをいかに当たり前のようにこなされているかなど、普段見所から見ているだけではわからない多くの発見がありました。
まだまだ浅はかではありますが、今回の経験を通して、能に対する見方・向かい合い方がほんの少しだけ変わったような気がします。

今年このように表舞台に立たせて頂いた分、今後はこの貴重な経験を来年以降の人にしっかりと伝えていくなど、少しでも恩返しをしていければと思います。


今年度自演会は、このように無事に終了することができました。自演会の成功を支えてくださった全ての方に、改めて感謝申し上げますm(__)m

かわた

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