東大観世の日々

能楽サークルって何をやっているのでしょう

かぜ

観世会で風邪が流行中
本郷で修行中の次期医学部生かーくんがあやしい風邪を柏蔭舎に持ち込み、まっ先に感染したのはもちろん打たれ弱い坂本氏。見た感じかーくんよりも苦しんでいた。それを他所眼にかーくんは「こういうのは移るたびごとに段々勢力を増していくよね」などとへらへらしている、まったくいつも通りの人間模様

次は私に移るに違いない。
しかもさらに勢力を増して。

日頃からあまりに健康な身体に多少のうっとおしささえ感じている阿部です。この機会に是非 と念じて眠りに就くと、あら不思議。翌朝目覚めるとちゃんと風邪をひいていた。

みんなも気をつけてね。

清経キリのシテ謡 何が「さて」だよと不審に思っていたんだけど、実はあの前から謡が続いていた
「言ふならく。
奈落も同じ泡沫の。
あはれは誰も変らざりけり‐さて。…」
ツレがこの前に「怨めしかりける契りかな。」って嘆くんです それに対してすかさず「言うな」って制止して「あはれは誰も変らざりけり」
これ、本には「誰にとっても世の中は無常なんだから」って解釈してあるし実際そうなんだろうが
「お前のことは今も変わらず愛しているんだ」と取ったらそれは能に似つかわしくないのかしら
少なくとも妻はその方がいくらか気がすむんじゃない


誰の詩だったかな「俺は今でもお前のことを思っているのだ」土手かなんかに寝転んでる詩。朔太郎?

確かそこに誰かがおにぎりを持ってきて…
んー忘れた

阿部

(長々とすみません。
実はせっかくひいた風邪はすっかり治っちゃったんですよ。
本当に悔しい。)

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そうだったのか!

はじめまして、新入生のかしわむらです。

近頃の観世会は自演会へ向けて大忙しのような、そうでないような様。

そう、自演会。もうそんな季節です。
ふふふ、楽しみですね。

さてさてそんな自演会に向けた稽古の中で、じわじわと認識してきた事が一つあります。何とも簡潔には言い表せないのですが、言うなれば「能って能だったのか!」
能楽サークルに約半年所属した人間が発するとは思えないこの言葉。かしわむらがこのようなことを言い出すまでの事の次第が以下に記されています。

能とは和製オペラのようなもの、というイントロダクションを鵜呑みにして観世に入会した自分。当初は「劇みたいのをやるんだな~」と感じていました。ところで、観世新入生が最初に習うのは仕舞、ですから舞と謡です。どちらも必死(?)になって練習します。すると面白い心境変化が起きてきます。最初の「能=オペラ的なもの」が「能=舞+謡…あと、お囃子!」のように変化してくるのです。なんという単細胞。
能のストーリー、情景描写といった要素を完璧に忘れていたのでした。

そんな自分ですが自演会のための能の練習が進行していくと、感ずるようになるものです。特に「~が登場して」と聞いた時には「!!!(能って劇みたいだ)」と脳内に雷が発生。ようやく、能には物語があるということを解したのでした。そうして、遅れて能の情景描写的要素の存在をほのかに感じるようになり、今の状況に至るわけです。


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