東大観世の日々

能楽サークルって何をやっているのでしょう

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自演会とドキドキと自慢

自演会から一ヶ月以上経ったが、未だに自演会にまつわる夢を見ることがある。私が先日見た夢は「目が覚めたら、完璧に着付けを済ませた後輩二人が『いつまで寝てるんですか、これから舞台なのに』みたいな目で見ていたから、慌てて飛び起きた」というものだった。着付けの下手さと睡眠欲の強さに対するコンプレックスが見させた夢に違いない。

ゑさんは「皆で熊手を持って柏蔭舎の前を掃除していたら、いつのまにか自分は能舞台で熊手を持って舞う役(「高砂」の前シテ?)をしていた」という夢を見たらしい。曰く「起きてからもドキドキしていた」とのこと。私は、こんな心臓に悪い夢は絶対に見たくない。

今も自演会のことを思い出すと、ドキドキすることがある。でも、自演会当日のことよりもよく思い出されるのは、私が能のシテをすることが決まった時と、その能が思いがけず「賀茂」に決まった時のことだ。私がシテをするとはほとんど考えていなかったし、また「賀茂」を許していただけるとは思っていなかった。ベッドに仰向けになり、天井を見ながら「あぁ、私が賀茂のシテか~。今夜は気持ちが昂って寝られそうにない」と思っていた記憶がある。(もちろんその後しっかり眠りに落ちた。)

自演会の後席でも「今年の能は賀茂と聞いてびっくらこいた」みたいな話が随所でされていて、申し訳なく思ったりしたが、「賀茂がやりたい」というのは、私の希望でもあった。
その理由は、単に好きだったいから、なのだが。
それ以外の理由は、あえて言うなれば、まず激しい動きがあるのがしたい、ということだった。自演会は、普段能を見ないような友人が観に来てくれる機会なので、彼らの能に対する先入観を覆すものがしたかった。
二つ目の理由は、神様を演じたい、ということだ。私の中で、神様、天狗、狂女などが「いかにも能らしいキャラクター」という位置づけになっていて、これまた初めて能を観る人には、こういう「能キャラ」を観てみて欲しいな、なんてことを僭越ながら考えていた。なぜ、神様や天狗や狂女が私の中での「能キャラ」なのかというと、能を知らない人に能の登場人物を説明すると、これらのキャラについては「こんなのも演じるのね」と意外に感じてもらえることが多いからだ。因みに圧倒的に受けが良いのは「狂女」である。特に女性に受けが良い。


舞台の上でのことを思い出してドキドキする、ということは実はあまりない。怖くて思い出さないようにしているのかもしれない。ただ、祖母が「賀茂」を観た思いを短歌にしてメールしてくれたのだけど、それを読むと舞台のことが思い出されてドキドキしちゃうのである。

面かけし汝は舞台に踏み鳴らし跳び返り舞ふをただに見守る (汝な「なれ」と読むらしい)

ふぅ何だか緊張する。

そして、私のお気に入りは、2年前の自演会、「小鍛冶」の時の一首。
始まらむ能「小鍛冶」待つ堂内にしじまの時を心張りつむ

良いでしょ!?自慢しちゃう(笑)私が詠んだわけではないけど。

ではでは、自慢もしたことだし、筆をおこう。

今年も色々とお世話になりました。皆さん良いお年をお迎えください。



もえは

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