東大観世の日々

能楽サークルって何をやっているのでしょう

今週の柏陰舎(9月第三週)、ではなく、今週のコミプラ舞台芸術

今週は学内断水の影響で柏陰舎は使用自粛、なぜか使えるコミプラで稽古、のはずだったのですが、来てみれば柏陰舎の鍵も借りられるし、全然断水してない! よくわからないままコミプラの舞台芸術実習室でのお稽古でした。
合宿前から当会では風邪がはやっており、合宿後にそれがさらに広まったせいか、今日のお稽古は参加人数8人と、近年まれに見る少人数でした。その8人の中にも風邪の人が何人か。今日は欠席でも昨日行われた能「田村」のお稽古には参加した、という人の中にも風邪の人が結構いて、東大観世会は現在不健康の様相を呈しております。
さて、そんな少人数のせいかなかなか気の進まない感じのお稽古でしたが、2時半頃からはばしばしとあわせはじめ、充実した時を過ごしました。6人の話し合いという超常現象もありました。K村さんはじめ男性陣のテンションもいつもより高く、空間カオス濃度もかなり高くなっていたと思われます。
ばしばしばしと「花月クセ」「養老」「経正キリ」「羽衣クセ」「羽衣キリ」などをあわせた後、6時頃になるとK村さん、K太さんなどはお帰りになり、先にT瀬さんも帰っていたので、一年と二年だけになりました。みんなで「つちぐもった」後(胡蝶とトモは正規キャスト、頼光と独武者は去年のキャスト、シテは不肖僕が代役しました。H本さんの独武者がかっこよかった!)、7時頃にお開きとなりました。部屋は9時まで取ってありましたが、そんなにやったらおなかが空くので。

「今日のおやつ」
今日のおやつは、S竹さん(荷物だけ置いてすぐお帰りになりました)の持ってきてくださった麦落雁(群馬県館林市のもの)と、T山さん持参の賞味期限の切れた日光甚五郎煎餅でした。どちらもおいしかったです。期限切れも問題なしでした。

「今日の会長」
昨日の田村練は風邪で欠席だった会長は今日はいらっしゃいましたが相変わらず風邪のようで、大儀そうな様子でした。お稽古が始まると結構元気になっていましたが、でもまあ、大事をとって早めにお帰りになりました。お大事にしてくださいね。

「今日の名言」
今日は名言が多すぎて覚えきれなかったのですが、気合いで記憶した次のものを。

仕舞をあわせ終わった後ふと僕と目が合って。
T山「わたし今眼鏡外してるから最強ですよ」
K太「なに? 眼鏡外してるからG味がジャガイモに見える?」

そろそろ疑問なのですが、名前を伏せ字にする必要性はあるのでしょうか。次回の話し合いで聞いてみましょうかね。

以上、五味でした。

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今週の柏陰舎(9月第二週)、もとい、秋合宿レポート

東大観世会では、この土日月と、神奈川県伊勢原市大山で秋合宿を行いました。12月の自演会に向けてのスタートダッシュとなります。では、その様子を1日ごとにご紹介しましょう。

1日目
12時28分新宿発小田急線快速急行藤沢行きに乗れるように小田急新宿駅のホームに集合。僕が下北沢から乗っていった電車が折り返して目当ての電車になったのでした。降りた電車に乗るという不思議な気分。特に遅刻者もなく出発し、途中で人が増えたりしながら伊勢原駅下車。買い出しをしてバスに乗り旅館に着きます。休む間もなく3時から能舞台でお稽古。雨が降ったりやんだりするので戸を閉て回した能舞台は声が響き、心なしかうまくなったような気分になります。お風呂場の鼻歌のようなものです。ここでは主に一年の仕舞をあわせました。評判通り舞台が固く、足拍子を強く踏むとじーんと来ます。
さて、5時からは宿に戻り、大広間にてお稽古。まだまだ元気いっぱいなのでばしばしお稽古です。夕食を挟んで9時頃まで、みっちりいろいろやりました(実は記憶が曖昧なのです)。順番に風呂に入り、宴会。大学のサークルの宴会なんていうとすさまじそうですがどうしてどうして、わが会はお酒に弱い人が多く、飲み会は静かそのものです。酔っ払って暴れる人がいない代わりになかなかの頭脳的カオスが展開されます。しかしそれにしても1日目の夜は静かに更けていきました。そして会長は廊下の椅子で寝ました。

2日目
さささっと起きて朝食かと思っていたのですが、だらだらと起きて朝食でした。高校の部活の合宿で寝坊したトラウマティックな記憶から早起きしたのですが、問題なかったようです。朝食後はさっそくお稽古。宿の大広間でお稽古しているときは謡の稽古が多かったです。お昼後からのお能の稽古を見越して正座を控える面々。小鼓のI内さんは頭痛を催し休息。新入生の方は一足先にお帰りになりました。
1時からは能舞台へ。今日は晴れて能舞台の戸は全開。橋がかりの後ろまですっきり抜けて気持ちが良いことこの上ありません。鯉の泳ぐ池に張り出すように建てられている風流な舞台です。ですが、みんなだんだん疲労してきてせっかくの舞台が空きがちに……。いやいや、がんばってお稽古しましたよ。
3時少し前に大鼓方のOBのO井さんがご到着に。そのとき僕は能舞台で「羽衣クセ」の地謡をしていたのですが、目の前の道を上ってきたO井さんが入り口と反対方向に行ってしまい……、気が気でならなくなってしまいました。I内さんも頭痛を克服して少し前に到着しており、3時からお能の稽古が始まりました。小面をつけた「田村」のシテ(というとすごく変な感じですが、会には小面しかないのです)K太さんは浴衣に袴。初めての通し稽古になります。その間にわれわれ一年生は素謡「土蜘蛛」のお稽古にいそしみます。誰かが主導せねば……との一念から僕がリーダーシップをとらせてもらったのですが、横並び一列の中でお稽古をすることの難しさに打ち砕かれました。
5時になると舞台から宿へ。夕食までお稽古、なのですが、疲労からほとんどが謡のお稽古に。夕食を食べ、さすがに昨日のようにそのあと9時までお稽古する元気はなく、入浴を済ませて9時から宴会をすることに。シテ、会長、そしてなぜか僕を加えた三人はすぐそばで合宿中の慶応大学観世会を訪問しに行きました。慶応の皆さんはわれわれを優しく歓待してくださいました。あちらではすでに飲み会が始まるところで、始まってすぐに興奮が兆しており、われわれとの気風の差のようなものを感じました。驚愕だったのは会長が向こうに行って座った次の瞬間くらいに寝転がったことでした。慶応の皆さん、ありがとうございました。そのあと慶応のT見さんは東大の方に顔を出してくださいました。
さて自分たちの陣地に戻ると、すでに皆風呂に入り終わり、宴会の始まるところでした。はじめは和気藹々、平和そのものでしたが、11時頃からでしょうか、次第にまわる毒酒の酔い、K村さんを勧進元に一部が円陣を組んでゲームが始まりました。僕は参加していなかったのでよくわかりませんが、「パクパク、パクパク」と騒いでおりました。一方の僕たちは人間観察のおもしろさを話したり、「ピースでハートフル」なプーさんの世界とそうではない現実世界の関係性について話したり、しておりました。そのうちに夜も更けて、こちらではアンパンマンの病みっぷりについて話していましたが(大爆笑が止まりません)、向うはいつの間にか円陣に寝そべり、皆が目をつぶる中に一人が立って動いておりましたので、すは新興宗教に走ったかと驚きましたがそうではないようでした。この間会長は会場で寝ておりました(駄洒落ではありません)。ゲームをしていたK太さんが眠ってしまうと、それをきっかけに片付けが始まり、宴会は2時頃にお開きとなりました。K太さんはそのまま広間で眠りました。

この日の名言
くらん「プーさんの世界はピースでハートフルなんだよぉー」

3日目
次の朝起きて朝食をとり、話し合いの後(自演会のパンフレット編集長(僕です)などの役割分担を決めました)昼まで稽古となったのですが、みなさま疲れて眠りにつく人もちらほら。特にI谷くんはなんだか亡霊のようになっておりました。それでも「養老」舞囃子のお稽古をしたり、昨日までにあわせられなかった仕舞をあわせたりと、ちゃんとお稽古しましたよ。
お昼ご飯のカレーをいただいて、宿の方にご挨拶をし出発。一昨日の雨が嘘のように晴れ渡っているので、ついつい皆で傘を忘れ、宿の方を走らせてしまいました。合宿係Tさん(おつかれさまでした)の「解散!」の一声で解散し、三日間の合宿は幕を閉じました。

この日の名言
I内「免許なんて取りたくないよねー。めんどくさいし、車乗ったら危険じゃん。なんか轢くかもしれないし……猫とか。」

長々と失礼しました。1日目の名言がないのは、僕の記憶力がそこまで持たなかったからです。すいません。参加者で誰か覚えている方は僕までお知らせくだされば書き加えますのでどうぞ。
さて、今週末からはまた通常稽古になります。10月になれば授業も始まり(駒場の場合)、ゆったりとお稽古できた夏が懐かしく(駄洒落ではありません)なるのかもしれませんね。

以上今週も五味でした。

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今週の柏陰舎(9月第一週)

観世ブログ活性化計画。

・毎週更新「今週の柏陰舎」(1000字程度)
定例コーナー「今日のおやつ」「今日の会長」
不定期コーナー「今日の名言」「今日の一枚」

というわけで、
今週の柏陰舎(9月第一週)
体調が悪いのでゼミ合宿を休んだのにお稽古に行ったら、サークルに行きたくて合宿サボったみたいじゃんか、と思ったのですが、体調が少々回復してねているのがつまらなくなってしまい、しかしそれから合宿に参加することは不可能だったので、僕はお稽古に行ったのでした。ちなみに気をそろえたように体調を崩していたI内先輩は欠席。しかし前日の師匠稽古にはしっかり出て、体調ガタガタのまま「善界」を三回舞ったそうです。かっこいい!
I内さんがいないだけではなく、全体的に出席者が少なく、男性は会長とI谷くんと僕のみ。少人数女性過多のお稽古でした。屋台骨の先輩方がいなくてさびしかったです。
さらに! 今日は(さっきから今日は今日はと言いながらもう三日前のことなので微妙な気分です)新しい一年生が来てくれました! 日舞をやっていて、ドイツ語をしゃべれて……という驚異的な女性。H本さんが絶賛しておりました。秋合宿にも来てくださるそうで、乞うご期待です!

「今日のおやつ」
今日のおやつは、T山さんの京都土産、ELISE抹茶味でした。ありがとうございます。
ここのところ、夏休み帰省効果でおやつがたくさんあったのですが、今週は一種類だけでさびしかったです。

「今日の会長」
会長は最初、新しく来た子に「鶴亀」を教えていらっしゃいました。が、途中からちゃんとわれわれの相手もしてくれました。
お稽古中ときどき「今日は6時に終わろうよー」とつぶやいており、6時が近づくと「いろいろ立て込んでるから帰りたいんだよね」とおっしゃっておりましたが、会長職の責任感からでしょうか、なお立ち去りがたいようでした。しかしじきに「先に帰っていいよ、大丈夫だよ」という皆からの気配を察し、雨戸を閉めてお帰りになりました。
(僕は親愛の念を込めてこういうことを書くのに、きっと会長は「からかわれてる」としか受け止めないのがさびしいです。)

「今日の名言」
T山「(張り扇を一本持って)これが“ペシペシ”の“ペシ”の方で、あっちが“ペシペシ”の“ペシ”の方」
I谷「はあ。……。」

以上、五味がお伝えしましたっ! 来週の秋合宿レポートもお楽しみに!

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名所紀行(日本平・三保の松原)

こんにちは。一年生の五味と申します。
更新が滞りがちなブログを一年が何とかしろと、メールが届きました。
秀逸なメールだと思ったので引用します。

「(略)(ブログは)意外と重要な広報的役割を担っています。しかし上級生は無関心を装い、専ら下級生が運営していますがぼんやり怠っているのが現状です。
観世会の顔たるブログがこのような有様では世間から東大観世会の衰退を危惧され、時々チェックしているOBからはがっかりされ、更新停滞によりスポンサー広告にブログが占拠されるという実に由々しき事態・・・を打破するために1年生の皆様にブログを委ねたいと思います。(略)」

これは今年の東京スポーツ2月33日号にスクープされ、本の雑誌7月号にて坪内祐三に絶賛されている鶴竜の手紙並みの名文ではないでしょうか。(その手紙は(孫引きですが)、「相撲は今、開闢以来、最大と言ってもいい危機に瀕しています。かくなっては私も一相撲人として最早、座して見ていることはできません」「調査に当たっている外部調査委は“徹底解明”の錦の御旗を盾に事態を長期化させんとし、理事会もこれに静観の構えです」といった調子です。)

僕はこのメールに心を動かされ、また生来の真面目さと責任感の強さも手伝ってもはやこの要請を無視することはできなくなりました。

そこで記念すべきわが第一回のブログを執筆することにし、図ったようなタイミングで訪れた三保の松原をレポートすることを決めました。

わがふるさと静岡県静岡市と2003年に合併した旧清水市、現静岡市清水区に、三保の松原はあります。
僕は同行した(というか運転してもらった)母親の都合もあり、景勝地日本平を経由して三保の松原に向かうことにしました。

日本平は、ヤマトタケルノミコトがその眺望をたたえてその名がついたと言われている、県下有数の観光地でありますが、近年は観光客が減少しているようです。かつては小学校の遠足の目的地であり、有料道路の日本平パークウェイができてからはかなり賑わっていたようです(日本平パークウェイは現在無料で開放されています)。僕が訪れたときは、平日だったこともあってか、大型バスが数台泊まってはいたものの人影はまばらでした。
もっとも、日本平の山頂と久能山東照宮はロープウェイで結ばれているので、観光客はみな丁度東照宮にいっていたのかもしれません。余談ですが久能山東照宮にはこのロープウェイで行くのも良いですが、海側から長い石段を登っていくのも風情があります。
さて、日本平の展望台からは眼下に駿河湾と清水の市街を一望し、遠くに富士山を望むことができます。手前の緑と相まってなかなかの景色です。

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日本平から富士山を望む

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日本平の電波塔

それだけではなく、日本平は静岡県内の放送にとっても重要な場所です。写真は、展望台のすぐ脇にある鉄塔群です。これらの鉄塔から、テレビやラジオの電波が送信されているのです。赤と白のものは、アナログ放送用のもの。グレーの大きな鉄塔はデジタル放送用です。赤白は東京タワー、グレーはスカイツリーの役割、というとわかりやすいでしょうか。アナログ放送の時は各局ごとに建てられていたタワーが、デジタル放送では共同のものになりました。アナログ停波を受けて、赤白のタワーは順次撤去される予定です。

山を下り、お目当ての三保の松原に向かいました。
三保の松原は、清水港を抱くようにしてある突端の外側に、駿河湾に面してあります。言うまでもなく能「羽衣」の題材となった羽衣伝説の地です。能では「みお」の松原と発音しますが、実際には「みほ」の松原です。
松原の中に一本、際だって美しい形をしたのが、その昔天女が羽衣を掛けたとされる松です。しかし残念ながらこの松は枯れかけており、「羽衣の松」は代替わりをしています。そういう問題なのでしょうか。何となく釈然としない思いです。残念なことに新「羽衣の松」は樹形もおとり、今ひとつの風情です。

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枯れかけた旧「羽衣の松」(海側から)

さて砂浜に出ると、先日の大雨のせいでしょうか、大量の流木が目につきます。それでも遙かに富士山を望む景観の美しさは薄れてはいません。富士山の右には愛鷹山、右手には紺色の駿河湾が広がっています。その波頭の白色が際立って、とてもきれいに見えました。

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三保の松原から富士山を望む

あまり知られていませんが(そして僕も知りませんでしたが)、三保の松原にはエレーヌの碑という石碑があります。フランス人の踊り子エレーヌは、羽衣伝説にあこがれ、それを題材とした舞踊を作って踊っていたのが、ついに三保には訪れることなく死に、その髪がこの地に埋められたのだそうです。つぶれた土産物屋の左手に、石碑はさびしく建っていました。
また、少し離れたところには御穂神社があり、羽衣の切れ端が保存されています。(もっとも、おそらく偽物でしょうが……。)非公開ですが、子細があって以前母親が見たときには、柄がきれいに残っていたそうです。
三保の松原では毎年、薪能が催されます。今年は10月8日に行われるそうです。もちろん演目には「羽衣」が入っています。まだチケットはある様子。今年は観世流ではありませんが、興味のある方は行ってみたらいかがでしょうか。詳細は、静岡市ホームページをご参照ください。

というわけで、期せずして地元自慢をしてしまいました。僕は特に静岡に愛着はないつもりですが、やはり離れてみるとすこしは恋しくなるようです。
冬になると空気も澄み、富士山も雪をかぶっていっそう神々しく見えます。冬に訪れてみても良いかもしれません。

(五)

追伸・見てみたらすごく長文ですね。すいません。

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