東大観世の日々

能楽サークルって何をやっているのでしょう

今週の柏䕃舎(七月第一週)


今週の稽古は、体調を崩された方もいらっしゃって、試験も近づいたこともあり、いつもより人が少なく感じる稽古でした。
柏䕃舎の冷房が弱く、ひどく蒸し暑くて辛かったです…。

稽古の内容としては、五校会も終わり、各々新しい仕舞に取り組まれていました。個人的には、龍田クセの謡が難しかったです。
また、OBのK村さんもいらっしゃって、二年生男性陣は舞囃子の謡の稽古をつけていただいていました。

「今週のおやつ」
K村さんから頂いた柿山のおかき、五校会で頂いていたチョコでした。
美味しかったです!本当にありがとうございます。

また、今日の15:00~16:40に、NHKのEテレで関根祥六先生の「恋重荷」が放送されるということです。

短くなりましたが、二年生のM葉でした。

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五交会終わりました

この「五交会」ってやつ、「五校会」だと最初は思いましたが、「校」じゃなくて「交」なのです。「五大学交流会」の略称だからですね。意味的には「校」のような気がするのですが、この正式名称六文字の中にその字は入っていないのです。

さて、五交会は1年生のデビューの場(余談ですが、"debut"というのがどうして「デビュー」になっちゃうのか、なんか不思議じゃないですか?)。東大の7人の1年生も、まあちょこちょこミスはあったにせよ、ちゃんと舞い納めて参りました。1年生には鬼のように難しいであろう「菊慈童」や「雲雀山」といった曲の地謡もちゃんとこなし、すごいですね。身内をほめるのはなんだか鼻白む感じがありますけど。

五つの大学(東大、一橋、早稲田、法政、本女)はそれぞれ先生も違い、稽古の仕方はもちろん、舞台の作法や仕舞の型なども少しずつ違います。そう言うのを見ているのも面白いですね。終わった後の宴会でもいろいろな話を聞いたのですが、やっぱり大学によって稽古のやり方が違って、面白いですね。内実をどこまで明かして良いのかわかりませんが、東大は師匠稽古は月二回であとは学生だけの稽古なのに対して、一橋は二人の先生に月に六回稽古をつけてもらっていて、学生だけの稽古はあまりない、とか。

五交会を終えて、個人的に思ったことは、やっぱり地謡が重要だということです。途中で止まったり、間違えたりするのは論外で、シテが安心して舞えるような地謡を謡わないといけないなーと。ま、そんなことは不可能なんですが……。だいたい、子どもの時から稽古している人たちが何年も内弟子として修行して、独立してからもずっと努力してやっているものを、ぽっと出の大学生がやってしまおうというところにそもそも無理があるでしょう。何年も稽古している素人弟子の方も、仕舞や能の舞台に立つときは地謡や囃子などは玄人ががっちり固めてやるのに、そういうところまで全部自分たちでやろうとする。大学の能のサークルというのはそういう異常な世界なのだと思います。そんな異常性は別に考えなくて良くて、ただ楽しんでやっていれば良いのかもしれませんが、「能」の外側にいる僕達が「能」に近づこうとすれば、その権威や規律を、元からその内側にいる人に比してずっと厳しく内面化しないといけないわけで、そうすると自分たちのやっていることが否定されてしまう、という構造になっているような気がします。なんかこういうの、武士になりたい商人のコンプレックスがテーマとなっているようなお話で聞いたことがあるような気がしますね。あるいは成金だけれど本当の華族にはなれないとか、そういうようなお話で。

真面目に書こうとすると、どうも及び腰になってしまいます。ビビリ具合を感じて頂ければ幸いです。

話は転じて東大観世会は、この五交会からしばらく、男性がさらに二名減ってしまうようです。このままでは男性地消滅の危機です。それに、男子の最高学年が2年ということになってしまい、それはいかがなものかと。1年しかやってないやつがその一学年下に教えるのですよ。まさに大学サークルという社会の異常性の発露という気がします。

(あんまり異常異常といったので、どこかから怒られないかがコワイです)

(五)

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