東大観世の日々

能楽サークルって何をやっているのでしょう

今週の柏蔭舎(1月第四週)

今週はセンター試験がないので(当たり前です。そんな毎週あったらたまりません)いつも通りの柏蔭舎での稽古です。
集まったのは四人。A木、I藤、T瀬さん、そして僕。最近はこの四人が「いつものメンツ」となりつつあります。
まず1時からは、各自で仕舞の練習。自分の稽古をしながらボンヤリ、I藤、A木の練習するところを見ていたのですが、いやあ、うまくなりました(上から目線で何ですが)。人数が少なくなった上に執行学年の三年となって、自覚が増したからでしょうか。A木の「善界」なんて不覚にも「かっこいいな」と思ってしまいました(その後あわせた時はバタバタしてしまって今ひとつでしたが(笑))。
2時からI藤さんが新歓の会議に出席するので、1時40分頃からまずI藤さんの「嵐山」をあわせ、それからだんだんと他の三人の仕舞も合わせていきました。3時少し前にI藤さんが帰ってきて、3時過ぎから話し合い。自演会の時に差し入れていただいたお菓子をおいしくいただきました。自演会後はバタバタしたり、来る人が少なかったりして、いただいた差し入れの整理ができておらず、いくつかはせっかくいただいたのに賞味期限を過ぎてしまっていました(ごめんなさい)が、それらもちゃんといただきました。心づくしの差し入れをちゃんといい状態でいただくことができなくて、大変申し訳なく思います。差し入れをくださった方、ありがとうございます!
さて話し合いでのメインの話題は、やはり新歓のこと。今年こそは新入生に入ってもらわなくては困るので、本気です。去年の失敗の一因は、「まあ入るだろう」とタカをくくっていたこと。慢心はいけませんね。僕は実際どう思っているかとは関係なく消極的な発言をしてしまうクセがあって、話し合いの席上何度かI藤さんに叱られましたが、今年の新歓は僕も本気です。やはり新入生に入ってもらうには僕らがかっこよくかつ楽しそうに見えることが大事だとおもいますが、これは付け焼き刃では無理で、新歓は難しいですね。
1時間くらい新歓の話をして、4時過ぎからは春四の素謡「竹生島」を謡いました。それから仕舞の地と(僕が入ってから今までずっと男女別の地謡でしたが、春四では混地かつ共地(仕舞を舞う人も待っている間は謡うやり方)になってしまい、人数が減ったさびしさを感じます)、春の閑祥会で謡わせていただく高砂の連吟を稽古して、定時6時に終わりました。
今週は少人数、高密度の稽古だったように思います。気心の知れた五年、三年、二年なので、謡のそろい方はかなり良い感じになってきているのではないかという感じがします。まあそれは去年新入生が入らなかったからなので、単純には喜べないのですが。

久々に「今週の名言」
T瀬「えーおれ不器用だもん。……高倉健にあこがれてるから。」

(五)

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今週の柏蔭舎(1月第三週)

今週はセンター試験。学生証を見せれば大学構内には入れますが、柏蔭舎は使えません。(大学構内に入れていいのでしょうか。理系の人など、入れないと困る人たちがいるのでしょうが、東大生が大挙して構内に入って、センター試験を攪乱する、ということができてしまいます。……尤も現代の学生は、とくに東大生なんかは精神的に去勢されていますから、その心配はないのでしょうが。)そこで今回は、文京区の向丘地域活動センターでの稽古となりました。午後は予約が取れなかったので、朝の9時半から午後12時半までです。
僕はてっきり9時からだと思っていて、ちょうどくらいに着くように行ったつもりがいつもながら早く着きすぎ、8時40分頃には本郷にいましたがなにもやることがなく、仕方がないので朝ご飯を食べようとおもいましたが向丘や弥生の方にはたとえば牛丼屋のような朝からやっている店がなく、はるばる本郷三丁目の方まで往復する羽目になりました。
さて9時半に稽古会場にいたのはA木会長、I藤氏と僕の三人。少し遅れてT山さんも来ました。4人でまず仕舞を合わせているとT瀬さんが来、続いてRさんとS崎さんも来ましたが、二人は着物を渡すとさっさと帰ってしまいました。そしてその着物を受け取りに、OBのK村さんがいらっしゃいました。何でもどこかの発表会で使うのだそうで、現役女性から着物をかりたいという申し入れがあったのです。蝉丸と善界の仕舞を合わせたあと、K村さんを交えて連吟高砂の稽古をしました。我々はふだんOBとは稽古をしないので、たまにこういうことをすると新鮮です。一ト通り終わって、K村さんはお帰りになり、我々は続けて春四で謡う竹生島の稽古をして、そこで時間切れとなりました。少人数で、別にだらけていたわけでもありませんが、やはり時間が足りません。春の四大学は三月末ですが、三月末までにできれば良いというわけではないのです。その前の師匠稽古までには、ちゃんと覚えて一ト通りはできるようになっていなくてはいけません。時間が足りないと感じるのは、今回の稽古が三時間しかなかったからではないでしょう。いつも通り五時間稽古しても、やっぱり時間が足りないと思ったはずです。時間はいくらあっても足りないのです。平日の個人練が重要です。
それはともかく、12時半に稽古を終えた我々はさまよった末にやよい軒でご飯を食べ、2時頃に解散しました。

(五)

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京大新年会と今週の柏蔭舎(1月第二週)と自演会のアンケートについて

11日土曜日午前七時、家を出て京都へ向かいました。前夜は、寝過ごして遅刻することへの恐怖と緊張からほとんど寝られませんでした(本番直前というのは大抵大丈夫なのですが、前の晩や当日の朝は緊張して眠れなかったり、気持ち悪くなったりするのです)。10時過ぎに会場の能楽堂に着き、ごあいさつをし、地を京大の人たちに謡ってもらうので申し合わせをして、11時半から舞台が始まりました。遠方からきて仕舞一ツだけ舞って、しかも地は相手方に謡ってもらう、なんてなんだかとてもエライ人みたいで落ち着かないので、どこかの地謡の端っこに混ぜてもらいたいなあ、あるいは切戸番でもさせてもらいたいなあとおもいましたがそういうわけにもいかず、ずっと見所で舞台を見ていました。作法、謡い方、舞い方などすべてに、東西(?)の違いや先生ごとの違い、大学ごとの色の違いがあっておもしろかったです。
舞台のあとの宴会にも参加させていただきました。去年は途中で抜けて最終の新幹線で帰ったのですが、今年は半ば意図的に終電を逃し、二次会、そしてそのあとのボックスでの三次会にまで闖入し、そのままボックスで雑魚寝、次の朝起きてみんなで喫茶店に行くところまでご一緒させていただきました。気分は京大生! です。朝まで一緒にいて、京大観世会の良さをすごく感じました。みんな仲がよく、情に厚い感じがします。東京の我々は根っこのところで他人のことはどうでもいいと思っている、のでは?(笑) それは冗談としても、さいきんは我々はみんなで遊びに行かないし、ご飯もいかないし、飲み会もあんまりないし、舞台のあとも朝まで一緒にいたりしないので、京大さんのあり方はうらやましいし見習わなくてはならないとおもいました。
話したいと思っていた人とあまり話せなかったのと、前日眠れていなかったので(笑)早々に寝落ちしてしまったのは残念でしたが、とても楽しかったです! 京大の皆さん、ありがとうございました!
さて、喫茶店から出たあとは、京大の同回生と大学の構内をすこし歩き、バス停まで送ってもらって、バスで駅へ出、新幹線で東京へ帰りました。せっかく来たのだし、三連休なのだからこのまま京都観光をして、何ならもう一泊すればいいとも思ったのですが、どこへ行ったらいいかよく判らないし、ありきたりの所へ行ってもつまらないし、着替えもないし、何より疲れているしで、すぐに帰ってきてしまいました。


さすがに新幹線でウトウトしながら東京へ帰着したのは三時過ぎ。一度アパートに帰り、風呂に入って服を着替えて、四時過ぎから東大の稽古に参加しました。まずは新幹線に乗る前に慌てて買った生八つ橋をみんなで食べ(ちょうど人数分でした。僕を入れて5人です。)、春四(京大風にいうと四大。参加者はこの日の出席者の5人、のみ……)の素謡の演目を決め、春の閑祥会で謡う高砂の連吟と、春四で謡うことにした竹生島の地謡の部分を稽古し、最後に仕舞を合わせて終わりました。僕が行く前がどうだったかは知りませんが(T瀬さんによる飛び返り講座があったらしいです)、最後の二時間については充実したいい稽古になったとおもいます。
終わってから、僕と戸瀬さんは京大を見習って一緒にご飯に行きました。

さてここで、自演会のアンケートについてすこし。
今回は平年より多い、60人以上の方にアンケートにお答えいただきました。ありがとうございました。
お褒めのことばをたくさんいただき、うれしく思っています。また、ここがよくなかった、こうしたらもっとよくなるのに、というご意見も、大変ありがたく拝見いたしました。

いただいたご意見の中で、いくつかにこちらの事情をすこし説明させていただきます。

・番組がネットに上がっていなかった、というご指摘
すいません。こちらの怠慢です。今年はなぜかみんな忘れていたようです。実は僕は本番数日前に気づいたのですが、ここまで来たらもういいやと思ってちゃんと対応しなかったのです。反省しています。来年はちゃんと上げるようにします。

・案内状に能以外の番組についても書いて欲しい、というご意見
例年、案内状を発送する段階では他の番組はまだちゃんと決まっていないのです。申し訳ございません。

・パンフレットに間狂言の詞章も載せて欲しい、というご意見
このご意見は毎年いただいております。なぜ、間狂言の詞章が載っていないのかというと、単純な話で我々は台本をもっていないからです。観世流の謡本には、シテ、ワキの謡は書いてありますが、狂言の分は書いてありません。アシライアイの場合は書いてあるところもありますが、語りや立ちシャベリは書いてありません。したがって狂言研の人に聞かないとならず、それがメンドクサイ(笑)ので、載せていないのだとおもいます。(ワキ方の謡は、観世流と福王流で違っていることがあり、数年前まではその違いは無視して観世流のものを載せていましたが、僕が担当した年から福王流のものを書くように変えました(自慢です(笑))。こちらはすこしの訂正で済むうえ、ワキをやる会員にちょっと聞けばいいので楽なのです。)
もう一つの理由は、狂言のシャベリは能の謡よりはずっと聞き取りやすいので、なくても判るだろう、ということです。しかしこうして毎年ご意見をいただくということは聞き取れない方もいらっしゃるということで、次からはメンドクサイなどといっていないで、間狂言の詞章も載せるべきかもしれません。検討します。

・演目紹介は番組順の方がいいのではないか、というご意見
数年前まではそうだったのですが、これも僕が担当した年にアイウエオ順に変えました。なぜかというと、同じ曲目が二度出る場合があるからです。しかし番組順の方が見やすいのはたしかですし、重複もあとの方を空見出しにすればいいだけですよね(ご意見をいただいて考えた時にやっと気づきました。バカですね)。来年の担当者に再考するよう伝えます。

・シャッター音がうるさい、というご意見。
番外を除き撮影自由ということになっており、当会の担当者も撮っていますので、たしかにちょっとうるさいかもしれません。申し訳ありません。

・ブログも読んでいます。五味さんの文章がおもしろいです、というご意見
ありがとうございます。あなたは見る目があります(笑)


あーこういう長いブログは読んでもらえないんだよな。三回に分けた方がいいかなー。でもメンドクサイので、まとめて投稿します。各自で三回に分けて読んでください(笑) ちなみに今回のブログは2700字くらいあります。
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今週の柏蔭舎(1月第一週)

あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

さて当会は、先月27日の師匠稽古で平成25年の活動を終え、昨日正月5日に平成26年の活動をはじめました。
が。
なぜか(新年だから?)柏蔭舎の鍵をかしてもらえず、コミプラを個人利用扱いでそれぞれかりて行うことになりました(柏蔭舎関連の情報は会議によって伝えられるはずなのに、ここのところ我々が情報弱者になっているような感じがするのはどうしてなのでしょうか……)。参加者は新会長A木、今後の女性陣を背負って立つI藤、の二年生2人と僕。
はじめは3人で一部屋を独占して、今後についてぼんやり話し合ったり、仕舞を合わせたりしていましたが、ダンスの青年が現れたとたんに彼の放つ青春の光にたじたじとなって、我々はそそくさとコミプラをあとにして部室に引き上げました。
部室では連吟をすこし稽古して、あとはいろいろと話をして、三時半過ぎに解散しました。

本当はもっとしっかり稽古をしたかったのですが、僕は朝から頭痛に襲われており、意識がモーローとしていたので、全然集中ができず、やる気も起きず、他2人には申し訳なかったです。しかも馬鹿馬鹿しいことには、その後頭痛薬を買ってきて飲んだら痛みはあっさり引き(頭の中がスースーしました)、何ともなくなったのです。ああそんなことなら、きのう薬局の前を通って、頭痛薬を買っておこうかナ、と思った時にそうしておけばよかった、もしくは朝布団の中で耐えていないで起き出して薬を買いに行けばよかった、と思っても時すでに遅し。備えあれば愁いなしです。日々、身体の調子をしっかり保って、その日その日の用事に支障のないようにしなくてはいけないナアと思ったことでした。

なおさらに馬鹿馬鹿しいことに、今日新宿の薬屋に行ったら、昨日僕が買ったのと同じ薬がそのほとんど半値に近い安値で売られていたのでした。

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