東大観世の日々

能楽サークルって何をやっているのでしょう

今週の柏蔭舎(2月第二週)

先ほど提出してきたレポートの参考文献のところが、どうも適切ではなかったと思って気になっています。本当はこの本は書かなくても良かった、読んだことのある本だから、全く影響を受けていないというわけではないが、それでも今回の文章に真に密接に関聯するかというと、そうではない。どうも急いで書くレポートだから、こんなことが書いてあったような気がするといって、書いてある本の数が少なければみっともないと思って参考文献に掲げて、本当は別に参考にもしていないということが、往々にしてあるようです。昨日も部室にいたら外の話し声に、アマゾンの「この本を買った人はこんな本も見ています」というようなところに表示される本を、きっと関係があるものに違いないといって書いて参考文献を増やす、といっているのが聞こえましたが、所詮そんなもので、読む方の先生達だってそんなことは百も承知なのでしょう。だから問題ないともいえますが、嘘をついている感覚がどうにもいやなものです。
そもそもレポートという形式が気に入らないので、参考文献を明示しろ、出典を明示しろといわれても、何かの意見やものの見方を書くということは、これまでに読んだいろいろの本や、見たものや聞いたことなどに拠っているのだから、数冊の本を書いたところで意味がないじゃないか、とおもうのです。先行研究を読んで組み合わせて、そこに新たな自分の視点を加える、というようなまっとうな書き方をすれば、ちゃんと参考文献表が意味のあるものになるのでしょう。でも僕は「アメリカの株価は糖蜜の輸出量に正比例する(山下:1998)が、」みたいなそういうちゃんとしたレポートは、うまくかけないのです。

長々と関係のない話をしてしまいました。まだ試験とかレポートとかに追われている人がいるので、お稽古が本格始動しないのです。今週は先週よりはずいぶん人数が増えましたが、それでもまだ自演会の前までよりも少ないなあという感じでした。最初から来ている人はまたさらに少なかったのですが、まずは春四の素謡の稽古を、男女それぞれで始めました。そのうちに次第に女性陣の方は一人増え二人増えして膨らんでいくのですが、こちらはいつまで経っても二人のままなのでした。そのうちに三時になったので話し合いとなります。ここまででM鍋は帰るというので彼の仕舞を合わせ、そのまま全部一通り合わせてしまいたいと思ったのですが、まだ練習できていないから……などということをみんな言うので、そこからまたしばらく経ってから仕舞を合わせはじめました。かなり久しぶりにお稽古に来た人もいて、すこし忘れてしまっている部分もあったみたいです。6時までには終えて帰る予定が、結局僕の舞囃子までやってもらって時計を見ると6時半頃でした。

「今日のおやつ」
Y口さんが買ってきてくださったチョコレート菓子、もうずいぶん前の11月にT津さんが見えたときもってきてくださったチョコレート菓子、Tさんが焼いてきてくださった、うなぎパイの箱に入ったケーキと盛りだくさんでした。どれもみなおいしうございました。

「今日の名言」
柏蔭舎を出たところで見つけた蛙が、大きいのの上に小さいのが乗っかっていることに気づいて
Y内「今忙しいみたいだからそっとしといてあげよう」

四千字くらいのレポートを課せられてひいひいいって書きながら思うのは、文章を書くのは大変なことなんだなあということです。インターネットに載っている文章は大概断片的で、長いといってもたいしたことはないですが、本となると薄いものでもかなりの文章量です。ネットを見て時間をつぶしてしまっている自分への言い訳として、ネットだって雑誌だって変わりはないじゃないか、ということを考えていたのですが(そういうことを考えるということは罪悪感があるのです)、本というものを改めて考えてみたとき、一冊の本にまとめるほどの文章と、それだけの文章量を要する内容があるのだということに気づいて、くだらない言い訳が吹き飛んだところです。まあそれでもやっぱりネットを見て時間をつぶしているのですけれども。
(五)
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