東大観世の日々

能楽サークルって何をやっているのでしょう

今週の柏蔭舎(2月第三週)

17日は桃々会があったので、お稽古はその後でちょっとだけ行う、ということにして、まずはみんなで桃々会を見に行きました。
番組は先生(関根祥六)の「盛久」と祥丸くんの「羽衣」に仕舞などでした。最初に受け取った番組からちょこちょこといろいろ変更されていましたが、何かあったのでしょうか。
先生の「盛久」は、気合が籠ってすばらしく、トメ拍子を踏むまで目が離せませんでした。とくに印象に残ったのは、最初の幕内からの声の流麗さ、前半の心静かに最後を待つたたずまい、経巻を広げて傾けた形、「鎌倉殿に参りけり」と常座から前にツッと進み出でてどんと膝をついた勢い、橋がかりでトメ拍子を踏むときの、気合の充満した面差しなどです。中盤には声がざらつき、素速く運ぶところなどに年齢を感じましたが、それがかえって老武者の気概を示すようで(もっともそれは曲の本趣ではありませんが)、坐した形から立ち上がる姿だけでもなんとなしに胸に迫る感動がありました。
それにしても、はじめ橋がかりを移動するすがたが東下りを示し、そこからかすかな移動だけで次々に場面を転換してそれを無理なく観客に諒解させる手腕は卓抜なものだとおもいます。
祥丸くんの「羽衣」は、その腰がしっかり入っていささかもぶれない運びから、天人の気高さが表れているようでした。上半身を脱いで著附だけにした姿が不思議と色っぽくて、湯浴みする半裸の天女という表現だということを自然に納得しました。先生がむかしは衣を舞ったときに、いろいろと工夫し努力してやったのだが後から写真を見るとそこには関根祥六がいるだけで肝心の天人がいなかった、という話を何度か伺いましたが、祥丸くんの羽衣の天女も時々本人が顔を出すように感じました。これは面のしたの人物をいささかなりとも知っているせいかもしれませんが。また「羽衣」はワキの方が大変よく、自然にその人になっていると感じました。
「盛久」の地謡は、なんとなくさぐりさぐりのような、不安を抱えつつ謡っているような感じを受けました。一方羽衣の地謡は高音に振れていて、かえって情趣が乏しくなってしまっているように思いました。

さてそのあと、僕はちょっとやめた方がいいのではないかともおもいましたが(こういう言い方はずるいですね)、柏蔭舎に移動して2時間ほどお稽古をしました。今見た舞台に比較して自分たちがやっていることがむなしくなるようですが、日曜日を逃すとほかに稽古の日をとるのが難しいので仕方ないでしょう。まず、男女に分かれて春四の素謡の稽古をし、そこから仕舞を一通り合わせました。今回は同じく桃々会に来ていた、国家試験を終えたI内さんも稽古に参加され、もっぱらI内さんにアドヴァイスを仰ぎました。久しぶりにお会いでき、いろいろとアドヴァイスしていただけたいい機会でした。

「今週のおやつ」
自演会にどなたかから差し入れていただいたビスキュイ・フランセの御菓子と、同じく慶応観世会さんに差し入れていただいた御菓子でした。自演会でいただいた御菓子の賞味期限がそろそろ一斉に追いかけてくるのでありがたくいただいていかないといけません。

さて、最後のレポートの草稿がさっきできあがったところなので、今夜はがんばって終わらせてしまいたいところです。今学期のレポートはだいたい一回手書きで下書きをしてからパソコンに打ち込んでいますが、そうすると最初からパソコンに向かうときとは用字法が変わってくると言うことが判りました。高島俊男がパソコンに打ち込むと適当に漢字を表示してくれるから、漢字がいっぱいあった方がエライと思っている馬鹿なやつはやたらに漢字を使った文章を書くようになって、読みにくくてかなわないと書いていましたが、パソコンを使うと漢字が増えるのは実際のことのようです。

(五)
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コメント


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うまい人の動作を見ると、自分の動きもよくなります。
舞台を見たすぐ後にお稽古をするのはいいことだと思いますよ。

頑張ってください。

栗 | URL | 2013-02-19(Tue)00:35 [編集]