東大観世の日々

能楽サークルって何をやっているのでしょう

今週の柏蔭舎(2月第四週)

今週は、朝に師匠稽古、午後から通常稽古でした。
この師匠稽古がなんというか、かなり反省の残るものでした。一言で言えば稽古不足、覚悟不足。師匠稽古にどういう心構えで臨むべきか、ということは、自演会のあとOBの先輩から昔の話や注意などを聞き、それを参考に現役内で確認していたつもりでしたが、不十分だったというか、はっきりいって効果がなかったのだとおもいます。上級生の中には現状に危機感を覚えている人もたしかにいるのだろうとおもいますが、その感覚がほとんど共有されていない。それはそのような上級生も、また下級生もともに最近あまり日曜日の稽古に参加していないということもあるでしょうし、また下級生のなかに、いまいちお能にのめり込んでいる人が少ないということもあるでしょう。いつか先生が「教えるというのは、教える方も大変、教わる方も大変、だからなあなあでいいやということになってしまう」といっていましたが、そこまでのレベルのことでなくても、稽古の仕方やまた日常の態度などについて思うことがあってたとして、それをなんとなく言いかねる雰囲気があるのも事実です。
また、師匠稽古までに何をやっていけばいいのか、ということを考えると、これもまた難しい。ちゃんと覚えて、注意されたらすぐに直せるようにする、ということだとおもいますが、全く何も知らない一年生が「ちゃんと覚える」ためには上級生が何か教えなくてはならない。しかし白紙の人に何か教えるということは大変にむずかしいことですから、本当はこちらもはじめてたかだか数年の素人の学生にできうることではないのだとおもいます。したがって場合によっては、「だから素人が教えるというのはだめなんだ」ということになってしまう。やはり大学のサークルで、学生同士で勉強してときどき先生に見ていただくという形式には無理があるのでしょうか。などというと、今度はOBの方から怒られてしまうかもしれません。
しかし、このような状況が続くと、本当にまじめにやりたいと思う人がサークルから離れていってしまうかもしれない。もしかするとすでにそのようなことが起こっているのかもしれません。稽古に参加する人が少ないというのは、まじめな人は愛想を尽かし、不まじめな人はやる気を失った、その結果なのでしょうか。
素人の学生なのだからどんぐりの背比べ、うまいへたなどあるわけではない、とはいっても、それぞれの人の中でサークルが占める重み、師匠稽古の大切さはことなっているのが事実です。どう折り合いをつけていくのか、考えていかないといけません。

さて通常稽古は午後4時過ぎから始まりましたが、午後5時から舞囃子の申し合わせがあり、参加者のうちのほとんどの人はこれに関係があったので、結局ほぼ舞囃子のお稽古しかしないまま終わってしまいました。今回も参加者は少なく、10名に届きませんでした。

「今日のおやつ」
Y内さんのスペイン土産、猫の舌のかたちのチョコレート、そしてOBのさらみさん、一橋観世会からの自演会の差し入れでした。どれもおいしうございました。

今日は大鼓のお稽古があったのですが、人のことをいいながら自分も「ちゃんと覚える」ということができておらず、ただいま猛省中です。今日は先生に申し訳なかったので、次回は必ず完璧にしていきます。

ブログ担当者の世代交代をするといったのは結局なんだったのでしょうかね。

(五)
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