東大観世の日々

能楽サークルって何をやっているのでしょう

今週の柏蔭舎(4月第一週)と、能ってなにがおもしろいの?

今週は新歓能楽座に向けてのお稽古。今までやってきたものはとりあえず措いて、新歓のために一日を費やしました。
僕はあいにく就活があったので、午後2時からの参加となりましたが、まず新歓で見せる仕舞・舞囃子を一ト通り、当日通りの部屋の使い方であわせ、話し合いを挟んでその続きと、新歓の先の舞台に向けた稽古、という感じでした。

東大観世会の新歓能楽座での演目は、仕舞「養老」「羽衣キリ」「蝉丸」「善界」と、舞囃子「敦盛」の五つです。初番から五番目まで、バランス良く取りそろえました。
ぜひお楽しみに!


では、サークルオリも開催されている今週は、「能ってなにがおもしろいの?」というテーマでちょっと書いてみたいと思います。

能ってなにがおもしろいんでしょうか。

正直、僕にもよくわかりません。
僕は(いかにも国語学専修課程らしく(笑))話の中身はあんまりよくわかっていませんし、そんなに読み込もうとしているわけではありません。
だから、あくまでも僕にとっては、ですが、能のおもしろさはお話のおもしろさではありません。

では、なんなのか。
この前ちょうどこのことを友達と話していて考えてみたのですが、それは、
・「変わり目」のおもしろさ
・沈黙=充実した不安
の二点だとおもいます。

どういうことなのでしょうか。

「変わり目」というのは、「「はっ」と気が変わる瞬間」のことです。
能には、サッと気が変わって、雰囲気が一変するという瞬間がたくさんあります。
とん・とん・とん・…というリズムが、だんだんゆっくりになっていって、ある臨界点まで達すると急にとんとんとんとん! とはやくなる、というような。
この「変わり目」のおもしろさが、第一にあります。
くるぞくるぞくるぞくるぞ……と思っていると、やっぱり来た! という、たとえていうならジェットコースターが坂を登っていくようなおもしろさ。
その瞬間に向かって息が詰まっていって、はっと解放されるようなおもしろさです。

では沈黙、とは?
その「くるぞくるぞ……」の瞬間と、ほとんど同じです。
たとえば、指で机をたたいてリズムをとるとしましょう。
とんとんとんとん、と、ヒップホップのようなリズムは、身体を任せて気持ちよくなることができます。
この間隔をどんどん広げて、指が上に上がっている時間を長くしてみてください。
不安で、胸の中がぞくぞくするような感じがしませんか?
その感じが、沈黙=充実した不安、というコトバで言い表したい、なにかです。
このなにかが、能にはたくさんあるのです。

最初に、僕はストーリーにはあまり興味がない、といいました。
でも、ストーリーがおもしろくないというわけではありません。

関根先生はよく、こんなことをおっしゃいます。

能で一番大事なのは「思い」だ。
「にて候」「ござ候」と、ただ金魚みたいに口をパクパクさせてたって、おもしろくも何ともない。
古典だ古典だというけれども、能は「思い」をあらわすもの。
恋をして苦しい、酔っ払って気持ちいい、とかいう「思い」に、今も昔も変わりはない。
ただ、「思い」は外目には見えないんだ。だから難しいんだ。

と。
能に書かれている「思い」は、人類普遍のもの。
主人公が措かれた様々な状況に心を寄せてみるのも、楽しいものです。

いろんな楽しみ方があっていいのです。
今回はその中の一例を紹介してみました。

なお、これらのことは全部自分で考えたことではなくて、先生から学び取ったこと、です。
誤解のないよう、書き添えておきます。

(五)

スポンサーサイト

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

はじめまして。
関西の某大能楽部OGです。

学生時代の1年は素人の10年に匹敵する!とは、現役さんをよく知る私の先生の言葉です。

頑張ってください!

つねまる | URL | 2014-04-10(Thu)22:08 [編集]