東大観世の日々

能楽サークルって何をやっているのでしょう

夜更かしついでに、銕仙会の定期公演をみた感想を書いてみました~

今日は宝生能楽堂で行われた、銕仙会定期公演を観てきました。
普段は観世能楽堂で先生の舞台を中心に観ることが多いので(閑能会とか)、宝生能楽堂に行ったのは久しぶりです。

今日の演目は『雲雀山』と『鵜飼』でした。



『雲雀山』は今度舞囃子の地頭をするので、一度観ておきたかった曲です。
女流能楽師の鵜澤久さんがシテで、何気ない仕草の一つ一つから、まるで実の母親であるかのような中将姫への深い愛情が感じられました。



『鵜飼』は、前場でシテが松明を手に持って登場したり、後場がでは閻魔大王が出てきたりと、見所十分な曲でした。

でも個人的に一番印象に残ったのは、ワキの宝生欣哉さんの「やつれ果てぬる旅姿~」で始まる道行です。

「道行」というのは曲の始めにある、ワキが出発点から目的地まで移動する間の景色や心境を描いた部分のことです。
ストーリーには直接関係ないことが多く、正直今まではどうでもいい部分だという印象を持っていてあまり注意を払っていませんでしたが、なんだか今日の道行は「旅に出て以来、旅の姿も段々とやつれてきたけれど、ようやく目的地の石和にたどり着くことができた」といった様子が鵜飼の雰囲気に合う形で静かに語られていて、実際の旅の行程が目に浮かぶようでした。

そしてその後の「一夜の宿を貸し給へ」といった話に自然につながって、『鵜飼』の世界の中にどんどんと引き込まれていくのを感じました。

あともう一つ思ったのは、欣哉さんは何気なく座っているときなんかの雰囲気というかオーラがすごい!、ということです。
シテ方みたいに「見所の空間の隅々まで支配してやるぞ」といったようなギラギラものではもちろんないですが、端然としていて目立ちすぎず、まるで静かに物語の展開を見守ってくれているようでした。

やっぱり一流の人は、ただ座ったり立ったり、そういった何気ない動作の一つ一つから出るオーラがぜんぜん違うんだなぁと、改めて感じました。


なんか宝生欣哉先生を賞賛する記事みたいになってしまいました…
お休みなさい


かわた
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