東大観世の日々

能楽サークルって何をやっているのでしょう

「何かをやり遂げる」ということの意義について

五校会が終わって、最近はいよいよ、自演会の能に向けた稽古に本腰を入れています。
技術的あるいは精神的な問題についていろいろと考えることも多いのですが、今日は何か一つのことをやり遂げることの意義について(観世会に関していえば、能をやり遂げることの意義について)、浅はかではありますが自分なりの考えを述べたいと思います。

恐縮ながら自分の話をさせていただきます。僕は中途入部で観世会では3年目ですが、今年で入学5年目にあたります。去年まで4年間空手道部でも活動してきて、去年は主将という立場で自分なりに精一杯、空手の稽古に励んできました。
しかし、いくらやってもやっても上手くいかず、自分の未熟さや至らなさに腹が立つこともありました。
「自分は何のためにこんな苦しいことをやっているのだろうか?果たしてこのままで、4年間が終わったときに本当に良かったと思えるのだろうか?」という疑問を持ちながら過ごしてきたある日、一人の先輩からの言葉でその疑問の答えが見えた気がしました。

「何かをやり遂げた人間は、主に2つの物を得られる。一つは達成感、もう一つが後悔。この2つがその人間を大きく成長させるし、真剣に取り組めば取り組むほど、むしろ後悔の感情の方が大きくなるかもしれない。」
例えば高校野球にしても、テレビでは優勝校の歓喜に満ちた様子しかクローズアップされないけれども、それはごく一部で、その裏には甲子園にすら辿り着けなかった何千もの高校の悔し涙があるはず。
彼らには、今まで野球をやり遂げたという達成感も勿論あるはずだろうけど、野球に一生懸命に打ち込めば打ち込むほど、負けたことへの悔しさや、何故あの時もっと努力しなかったんだろうという後悔が多く沸きあがってくるものだと思う。
でもそれが、ずっと後になって振り返ってみれば、その人の大きな肥やしになるのだろう。

能のシテという、学生には到底無理な大役を経験させて頂く意義も同じ部分があるなのかなと最近考えている。
当然だけれどもこれからいくら努力したところで、自演会までに名人のレベル、完璧の域に達することなどできない。真剣に稽古に励めば励むほど自分の未熟さに愕然とし、悩みながらあっという間に本番が終わってしまうものだろう。


舞台が終わったときに達成感はもちろん後悔の気持ちも得られるように、とにかく残り4ヶ月余り精一杯がんばっていきたいなと思います。

かわた
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コメント


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徹夜した勢いで書いたので、まぁ適当に読み流してくださいな。

あと、あくまでもみんなでやる以上は、ギスギスした雰囲気じゃなくて、明るい雰囲気で稽古ができるといいね!
まぁその辺は、これまでの今年の感じを見ると、問題はない気がするけど…

かわた | URL | 2007-07-21(Sat)01:00 [編集]


なるほど~~すっきりした。
頑張れば頑張るほどにはまっていくあのジレンマから、心を解き放つことができそう。
残りの期間、共にもがきましょう。

もえは | URL | 2007-07-18(Wed)18:52 [編集]